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巻頭言

10月号「自由の喜びをかみしめ、自分らしく、オリジナリティーをもって」

「自由の喜びをかみしめ、自分らしく、オリジナリティーをもって」

9月28日、2020年の東京オリンピックの追加競技として、スポーツクライミングのほか4競技が国際オリンピック委員会に推薦されることが決まった。実際に採用されるか否かは16年8月に行われる国際オリンピック委員会総会での決定を待つことになるが、現在のところ、スポーツクライミングは野球や空手と並んで有望視される競技の一つとなっている。合わせて、日本はスポーツクライミングの世界でフランスやオーストリアと並ぶ世界三大強国の一つと言われ、オリンピック種目となったら入賞は間違いないというのだから、日本のクライミング愛好者の間で俄然期待が高まっているのは確かだろう。

しかし、クライミングの世界でも「フリーですかアルパインですか?」という質問が頻繁に交わされるように、同じクライミングと言っても、山に登る一つの方法として、岩が乾いていようが濡れていようが、雪や氷が付いていようが、アブミやアイゼン、ピッケルなども駆使して高みを目指そうというアルパインクライミングと自分の素手だけで乾いた岩を相手に技術を競い合うフリークライミングでは、住んでいる世界がかなり違う。フリークライミングの安全性を高め、純粋に競技化したものがスポーツクライミングなのだから、冒険を旨とするアルパインクライミングとスポーツクライミングの世界が別のものを目指しているのは明らかで、それぞれの愛好者の気質にも大きな違いが見られるのも間違いないところだろう。

かく言う私は、縦走登山も好きだが、乾いた岩も濡れた滝も好き、凍った滝も雪稜も好き、山スキーを駆使して所かまわず滑りまくるのも好き、というオールラウンド志向なので、正真正銘のアルパイン派と言って良いだろう。もちろんアルパイン派の私でも、室内壁でのクライミング練習は欠かさないが、スポーツクライミングの競技会にはそれほどの興味はないので、オリンピック種目になるかどうかという話には正直大きな関心はない。オリンピック種目になることでクライミングの裾野が広がればという期待はあるが、逆に安全性の高いスポーツクライミングに注目が集まり、より危険度の高い外岩でのクライミング、剣岳、谷川岳などでの本番クライミング、沢登り、アイスクライミングなどを敬遠する空気が出てきてしまうのだとしたら残念だとも思う。

そもそも自分が楽しいと思うやり方で、自由に登る、そしていい登山だったかの評価も自分で下す、これが登山の醍醐味であり、ルールに則り点数を競い合う他のスポーツにはない登山の魅力だろう。尾根を縦走する人、沢を遡る人、岩を攀じる人、好みは様々で、みんな自分のやっていることが一番楽しいと思っている。「こんなに楽しいんだぞ」と人に自慢したくて記録を書いたりはするが、楽しさには明確な基準はないので、自分の方が上だ下だと一喜一憂することもない。もちろん、身体活動である以上、俺の方が体力があるとか、彼女の方が岩に登るのは上手いとかの比較はできるが、山で使う力には様々なものがあるので、点数競技のような絶対性はないから、みんな自分らしさを大切に自由にやっている。この多様性、多元性がいい。山には春夏秋冬・四季それぞれの美しさがあるし、コース取りも自由自在、登山道も複数あるし、沢や岩から登ることまで考えれば登山ルートは無数にあるとも言える。こんな多様性に富んだスポーツが他にあるだろうか?山の定番とも言える百名山だって、登山月刊誌「岳人」では、「日本百名山冬期登頂記」を連載しているし、沢登りでの百名山登頂、自転車での百名山踏破を狙っている御仁もいる。

私は、この10年くらいの間に、短い山スキーを駆使して、日本の名峰を巡る山スキールートをいくつも滑ってきた。たとえば私が「ツールド白馬」と呼んでいる山スキールートは、猿倉から白馬主稜という雪稜をスキーを背負って登り、白馬山頂から黒部側の柳又谷の上部を滑り雪倉岳に出て、滝ノ沢から蓮華温泉に滑り込み、小蓮華岳に登り返し、金山沢を滑って猿倉に戻る3日間のコースである。コースと言ってもすべて雪の上なので登山道があるわけではなく、地図とにらめっこし、いろいろな情報を加味して自分なりのオリジナルなルートを考え実践したもので、他にも自称「ツールド剣」「ツールド谷川」「ツールド鹿島槍」などのルートを滑ってきた。こんなことができるのも登山の楽しいところ、自分が考え出したコースを実際滑って完走できたときの喜びは大きい。「自分らしくオリジナリティをもって」というのが私のコンセプトだが、私は、岩でも沢でも山スキーでも縦走でも、これからもそんな気持ちをもってやっていきたい。登山という自由なスポーツに出会えた喜びをかみしめながら。皆さんも是非、自分らしく、ちょっぴりのオリジナリティーをもって山に登っていきましょう。

 

上野 司

9月号 「地図をみること」がベテラン登山者への第一歩

今年の夏は、裏銀座の縦走、中央アルプスの縦走、北海道幌尻岳と、結構厳しい山にたくさんの仲間たちと登った。一日10時間を超えるような登山時間、2000m近い標高差の下り、連続する川の渡渉と、体力的・身体的にはかなり厳しい山を平気でこなす山の猛者がこの会にはたくさんいる。60,70歳代の方が多いこの会で、この体力というのは、大いに自慢していいことだと思う。

少し気になる点といえば、登山の途中、地図を見ている方が少ないということだ。知り尽くした山なら、地図を見ない登山もあるだろうが、おそらくその山域は初めての方が多いはずで、見ないということは登山コースについてはリーダーにお任せ、という意識が強いのだろうと思う。全幅の信頼を寄せられているリーダーの側としては、信頼されていること自体は嬉しいことなのだが、そのお任せ意識が、「自分が今どこを歩いていて、今日は何という小屋まで行くのか」という登山計画の基本的なところまで理解がいっていないということだと少し困る。

ベテランに連れて来られた登山初心者の女性が、ベテランの方が負傷してヘリ救助され、自分はヘリに同乗できないとわかった際、「私、ただついて来ただけなので、ここがどこかもわからないんです。地図も持っていません」と救助隊員に泣きついたそうだ。私たちの場合は、スタッフも複数いるし、山仲間も多いので、こんなことにはならないだろうが、何かの拍子に一人はぐれてしまうということも絶対ないとは言えないし、自分が今どこを歩いていて、どこが今日の目標地点なのかということは、集団登山、ツアー登山であっても、やはり一人ひとりが把握しておかなくてはならないことだろう。山小屋のスタッフから「今日はどちらまで?」と聞かれて、「リーダーに聞いてください」というツアー参加者はかなり多いというし、地図を見ないことと登山コース全体をつかんでいないということは無関係ではないのかもしれない。自分が今どこにいるかを知るには、たえず地図を見ていなければならない。「道に迷ったら見るように地図はザックにしまってある」という人がいるが、道に迷ってから初めて地図を見るのでは、ほぼ手遅れ。今いる場所が大体わかってこそ、地図を見てどっち行けばいいのかわかるのであって、全く今いるところが地図上のどこかわからない場合、ほとんど地図は役に立たない。

計画の立案、交通機関の手配、山小屋の予約など、めんどうなことを任せられるのがツアー登山の良いところなのだから、その点は任せれば良いと思う。しかし、地図を見て、今自分がどこを歩いているか、目的地まであとどれくらいかを知ることは、面倒というより登山の楽しさそのものだと思うし、リーダー・スタッフでない多くの参加者にも是非やってもらいたいことだ。読図というと難しく聞こえるが、今自分がどこにいるかを確認することだと思って、面倒くさがらず休憩時には地図を見てほしい。地図を見てたえず自分のいる場所を確認しながらの登山を少し続けていると、地図を見ない登山がきっと物足りなくかつ不安に感じてくるだろうと思う。

ロープを使った岩登りなど特別な登山を除いた一般ルートの登山では、成功するために必要な力の60%は体力なのだと思う。あとの20%がザックの背負い方、歩き方、水分や栄養の取り方、山小屋での生活の仕方などの山の生活技術、あとの20%が地図を読むことと天気を判断することだと私は考えている。それほどに体力は登山成功にとって重要な位置を占めるが、山を全く知らない体力抜群のサッカー選手が、雨天、強風、わかりにくい登山道などいろいろな条件下で登山を成功裏に終わらせられるかというと、はなはだ疑問だ。やはり、雨具の使い方などの山の生活技術、読図や天気判断などの力も登山成功には必要だろう。我が会のメンバーには、体力抜群、山の生活技術もよく知っているという仲間は多い。ただ、読図や天気となるとリーダー任せになることも多いので、力がつきにくいという点は否めないのかもしれない。

自分で考え、自分で悩み、自分で行動してこそ力がつくというのは、どんな仕事であれ趣味であれ、共通のことなのだろう。私たちの登山では、発表された企画に参加申込をするという形だから、登山のプランニングはリーダーにお任せするというスタイルだが、登山の実際の行動中に、よく地図を見ながら自分で主体的に登山をするのと、完全に「連れられ登山」になってしまうのとでは、2,3年山を登ったあとの、登山力量のアップには天と地ほどの差ができてしまうと思う。地図を見て考えながら、天気にも気を配りながら百名山を登りきった人は、間違いなくベテラン登山者と言っていいだろう。百名山を登りきってもなお、「連れて行ってもらっているだけなので、山の力はあまりありません」と自分自身が感じてしまうことのないように、山で地図を見よう。

アルパインクラブの登山では、「一度連れて来てもらった山には、次は自分がリーダーで来ると思って登山しろ」と私はいつも口をすっぱくして言っている。人は誰でも、初めは経験者に連れて来てもらうものだ。そこで山を知り、徐々に山の力をつけていくわけだが、「次は後輩を連れて、この景色を見せてあげよう」くらいの意識を持っているか、ただ登れたという結果だけに満足しているかで、その人の登山力量アップのスピードは全く違ってしまう。ことほど左様に、主体的に登るという意識の持つ意味は大きい。

この夏の登山では、現地でお会いした山小屋関係者や遭対関係者から、「よくまとまった力のあるパーティーですね」と褒められることが多かった。それくらい体力もあり、山の生活技術にも練達しているパーティーなのだから、ぜひ地図をよく見る本物のベテラン登山者を目指そう。地図を見る登山は、きっと登山に新しい魅力を加えてくれることだろう。

上野 司

 

4月号 「日本の登山文化、なぜなに不思議」

「日本の登山文化、なぜなに不思議」

 私たちは今、どんな登山をしているのでしょう。そして、これからどんな登山をしていったら良いのでしょう。それは人それぞれ、ご自分の好きなように登ればいいわけですが、そんなことを考えるとき参考になりそうな面白い記事を「山と渓谷」という山岳雑誌の記事から見つけました。「山渓2015年2月号」に「日本の登山文化、なぜなに不思議」と題して、日本在住で登山を楽しむ外国人の方たちに、日本人登山者の行動様式や慣習でちょっと気になる点を挙げてもらうという記事が掲載されていたのです。

まず、共通して多くの外国人が言っていたのは、すべてタイムスケジュールどおりに登ろうとする日本人が多いということです。何時間もかけて山頂に辿り着いたのに、すぐに「さあ、次に向かいましょう」と、スケジュールを消化することが優先されている気がしたというのです。しかし、彼らは、山を下りた後、温泉に入り地元の料理を食べて地酒を飲んでと欲張ってアフター登山を楽しむ日本人が多いことにも感心していますから、「スケジュールを消化するのが優先」というよりも早くお酒が飲みたくて急いでいたのかもしれないわけで、私たちは一度に楽しみを詰め込みすぎるので忙しくなるということなのかもしれません。これは日本人の民族性にも関わる習性なのかもしれませんが、山の自然だけにじっくり触れ合うようなゆっくり登山も時にはやってみたいものです。

次に彼らが感じるのは装備のことです。あるフランス人はこう言います。「装備に関しても日本では、完全をめざしすぎるように思えますね。あれもこれも便利だから、必要だと思って全部詰め込んで重いザックを背負っているケースをよく見かけます。ヒマラヤに行くような重装備で、1泊の小屋泊まりだったりしますから。」日本の山の本にはよく装備の一覧リストが載っていますが、ヨーロッパではまず見かけたことがないそうです。装備リストを参考にするのはいいですが、リストを見て準備すると大抵は重装備になってしまいますので、緊急、救急のときの装備を除けば、2,3回山に行ってみて一度も使わなかった装備は次回から置いていくくらいの気持ちが必要だと私も思います。重過ぎてバテてしまっては、元も子もないですから。ヨーロッパでは、日本のような「万全な装備イコール安全」という考え方ではなく、「最小限の装備でスピーディーに登る身軽さが安全につながる」という考え方が強いという話もとても参考になりました。

「日本の山は、とにかく家族連れが少なく、年配の人が多くて偏った印象です」との指摘も、耳の痛いところです。ただ、「山で子ども連れがいないのは淋しいことですが、日本人の元気な60代や70代の登山者を見ていると、自分もあと20年、30年後でもバリバリ登れそうだと励みになります」とも言っているので、中高年登山者が多いことは日本の誇り、そこを大切にしながら、これからはファミリー登山や若者登山など老若男女のバランスのとれた登山が望まれるのでしょう。

日本の登山の現状について、彼ら外国の登山愛好家が不思議と感じる点はこの他にもたくさんあるようですが、日本の山を素晴らしいと感じている点は共通しています。日本の山の良さを讃える彼らの言葉を聞きながら、私たちも日本の登山、自分たちの登山の明日について考えていきましょう。「日本中が山だらけと言ってもいいかもしれません。どの都道府県に行っても個性ある山がありますから、自然や山好きにはたまらないですね。」「日本の山は都市部からとても近いですよね。電車やバスに乗って1~2時間で行けます。朝起きて、どこかに登ろうと思ったら、すぐ出かけることができるし、山の数も多いので、毎週末、出かける所に困りません。」「私は日本の魅力は、変化に富んだ山がたくさんあることだと思います。標高が上がっていくにつれて植物もさまざまで、林になり森になって、森林限界を超えると岩稜の山がそびえている。四季があるから、さらに山の変化のバリエーションは幅広い。」

上野 司

3月号 「ピケティ氏の著書から若者問題を考える」

「ピケティ氏の著書から若者問題を考える」

 フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」という本が世界的なベストセラーとなっています。普通なら手を出すこともはばかられるような専門書が飛ぶように売れ、本屋には特設コーナーが作られ、世界で150万部、日本でも13万部を越える売れ行きだといいます。なぜこれほど注目されるのか、私もつまみ食い的にではありますが、一読してみました。彼は、手に入る限りの膨大なデータを集めて、人類の富と所得の分配の歴史をたどり、世界的に不平等化が進んでいることを実証的に示しました。そして、恐慌や戦争などの一次的な例外を除いて「資本から得られる収益率は経済成長率を常に上回るという」法則を提示しています。働く人が頑張り、経済が成長することで得られる賃金の上昇分を、株式や不動産など資本を持つ者が、資本を利用して「お金がお金を稼ぎ出す」ように増えさせることによる資本の増加分が常に上回り、増えた資本が富裕層で相続され、格差は拡大していく、というのです。

経済成長の成果がすべて労働者の賃金上昇になるわけではありませんから、資本の収益率と実質賃金の上昇率という観点で考えたら、より一層の格差拡大は明らかでしょうし、日本では正規労働者と非正規労働者との賃金格差の問題もあり、事態はいっそう深刻なものがあると思います。来日したピケティ氏も、日本の経済を回復させるために必要なのは、賃金を上昇させることであり、若者が所得などで不利な状況におかれていることが問題である中、低所得者層や中間層に減税を行う一方、高所得者層の資本などへの累進的な課税を強化すべきだと提言しています。

先般、国会で面白い議論がありました。外食チェーン「なか卯」の新規採用者向けテストには、A挨拶、B月間重点目標唱和、C連絡ノート確認、D経営理念唱和、E接客用語唱和、F出勤打刻、G着替え、の7つの行動を入店後どの順序でやるかを問うた質問があり、その順序が議論されたのです。「なか卯」では、タイムカードを押す「出勤打刻」の行動を最後に行うのが正解とされているのですが、「使用者から義務付けられている行為ならば、そこから労働時間としてカウントされる」「そのあとに打刻せよというなら、おかしい。当然、指導しなければならない」と厚労相が答えたのです。厚労相の答弁は当然ですが、組合もなく、こういうことを「問題だ」とも言えない、弱い立場の非正規労働者がたくさんいることを感じさせる質問でした。

さて、山の世界に目を転じてみると、仕事の関係から山に行きたくても行けないたくさんの若者たちがいることに気づきます。若い人を山の会やアルパインクラブに誘っても、「休みが取れない」「有給休暇がないので、長い山は行けない」「人が少ないので、休みたくても休めない」「給与が少なく、登山用具代や交通費になかなかお金を回せない」という答えが返ってきます。山登りには「健康な心と身体」が一番大事だとは思いますが、やはり「休み」と「余裕のお金」は必要です。私としては、若者の休みに山行の日程を合わせたり、用具をレンタルできるようにして用具代の出費を少しでも減らせるようにと配慮することくらいしかできませんので、そこから先は政治の仕事なのだと思いますが、選挙にも行かない若者が多いと聞きます。「遊んでばかりいて、今の若者は何も考えていない」という批判をすることはできますが、自分の仕事や収入、将来どうなるかがすべて自分一人の責任だとされる文化の中で、あまり期待できない政治のことに関わる意欲も時間もなくなっているというのが実際のところなのではないでしょうか。

政治や社会が変われば自分の生活や未来も変わるという希望を作り出すことやブラック企業をなくし働きやすい職場を作ることといった大きな活動から、若者が気軽に山に行けるような山の会を作っていくことという身近な活動まで、若者たちを山に迎え入れるには様々な活動が必要とされているのだと思います。私もできる限り若者たちの応援をしたいと思っています。「若者に未来がない国に未来はない」そんな思いで、頑張ります。

上野司

2月号「トムラウシ山遭難を改めて考える」

「トムラウシ山遭難を改めて考える」

 たまに東京に出る機会があると、行きつけの登山用品店に行き、ついでに山の本を買って帰る。先日何冊か買ってきた本の中に「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」という本があり、一気に読んだ。

遭難事故が起きたのは2009年7月だからもう5年以上前のことになるわけだが、8人もの方が亡くなった大量遭難事故であったことで社会的に広く取り上げられたことで、覚えている方も多いことだろう。概要を言えば、大雪山からトムラウシ山への縦走登山で、悪天候のためガイド3人を含む18人パーティーの内、参加者7人、ガイド1人の計8人が低体温症で亡くなるという悲惨な遭難事故であった。縦走3日目、風雨の中、前夜泊まった避難小屋を出発したものの、強風に向かって歩く疲労と沼から溢れ出した川の渡渉や動けなくなった参加者の介抱のため風雨の中での待機時間が長くなるなどした結果、参加者全員が低体温症になり、次々と倒れていった事故であった。ガイド3人は今回のツアーで初めて顔を合わせ、コミュニケーションも十分でない中、低体温症で動けなくなった参加者への対応でバラバラになり(ビバーク中に4名死亡)、最後は自らも低体温症にかかり、判断力・行動力の落ちてしまったガイドを先頭に、何とか歩ける10名の参加者が自力下山を目指したものの、4名が帰らぬ人となったのだった。

私は、かつてこの事故をこの欄で取り上げた際、体調不良者が出た際にパーティーをすぐに分けることの必要性、いつでもビバーク(不時露営)ができるようツエルト(簡易テント)を携行することの重要性、ビバーク判断の遅れが最悪の事態につながることを自覚すべきであること、リーダーに課せられた悪天時の出発判断の重さ、寄せ集めの参加者やスタッフの危なさと団結力あるパーティーを作り上げることの重要性、などについて書いた。今回読ませていただいたこの本では、遭難対策・気象・低体温症・運動生理学の各専門家がこの遭難事故に対して分析を加えているが、新しくわかった情報や知見など学ぶことがたくさんあった。そこで、これからの私たちの登山にとって大切だと思う点について改めて記しておきたい。

登山中の低体温症が、低温、強風、濡れを直接の原因として起こることは容易に想像できるが、金田正樹医師は、人によって同じ条件下でも起きる人と起きない人がいることについて、疲労度や摂取エネルギーの違いから検討しているが、それがとても興味深かった。最初に低体温症になり、その後亡くなったAさんについて、小柄な女性で、耐風姿勢が続く歩行でかなりのエネルギーを消耗したこと、朝食での摂取カロリーが少なく、すぐにカロリー不足に陥ったこと、脳への酸素不足などで脳での体温調整が早期に機能不全に陥ったことで、一気に低体温症が進行したと金田医師は言う。同じ条件下でも低体温にならないためには、基礎体力を強化することとともに、絶えず「エネルギー摂取」を心がけることが大切だろう。中高年登山者は荷物を軽量化するために持って行く食料が少ない場合が多い。このツアーでは、「お湯を提供しますから食料は自分で用意してください」ということになっていたそうだが、カップラーメンだけだった人も多く、エネルギー摂取量はかなり少なかったと思われる。「悪天候の行動には多くのエネルギーを消費するために、晴天時よりもご飯、パンなどの炭水化物をとる必要がある。しかし、軽量化を重視したインスタント食品はそのカロリーが少なく、強風に耐えるだけの運動エネルギーと低体温に対する熱エネルギーになるだけのものがなかった。防寒・防風対策の装備以前に、この問題が低体温症の第一の原因になったと考えるべきである」と金田医師は言う。あまりにも多すぎる食料を持ち、逆にバテてしまうのは論外として、やはり悪天下で自分の体温を維持できるくらいのカロリーのある食料を山に持って行くことが必要だし、持って行けるだけの基礎体力をつけることが厳しい山登りをやるには必要だろう。それに、厳しい山ほど、登山途中にアメやチョコ、クッキーなどの食べ物を口に入れることの大切さも確認しておきたい。生存者のコメントの中に「アメ玉を一個食べただけでこんなに違うのかと驚いた」とか「悪天時なので、身体を動かすために食べなければならない、と判断して食べた」とか「(亡くなったある人に)食べたほうがいいと勧めたが、食べなかった」というものがあったが、悪天時こそ、食べることによるエネルギー補給が必要なのだろう。

もう一つ、当時の報道の中には、参加者の装備が軽装であったという批判があったが、生存者・死亡者とも、雨具などの装備はしっかりしており、雨具の質や使い方に大きな間違いはなかったという報告があった。ただ、雨具は雨に濡れないための用具であって防寒具ではない、という指摘は大事な点だと思った。私も比較的厚地のゴアテックスの雨具を防寒具としても使っているが、強風下では、雨具が圧迫されて雨具と肌の間が密着して寒さがじかに肌に伝わり、体温低下の原因になるという点は特に薄手の雨具を使っている方は心に留めておいた方が良いだろう。防寒対策としては、雨具と肌の間にダウンやフリースのように空気を多く含んだウエアを着ることが必要で、実際この遭難事故でも、途中で寒くても雨具の下にザックに入っていたダウンやレスキューシートを着込んだ方が生き残ったそうである。

さて、この遭難事故からの教訓を私の立場から一言でまとめれば、前回のこの欄でも書いたことだが、大人数が参加するツアー登山では、体力の差がかなりあるのが当然であり、無理はできない、ということである。とりわけ、風雨が強い悪天候の中での長時間の登山は、体力のない人から順に低体温症による歩行困難を引き起こす恐れがあり、厳に慎まなければならない。その上で、今回、参加者の食事によるエネルギー摂取について注意を払わなければならないこと、強風下での体力消耗が体格の小さい方に顕著に現われること、強風下では、雨具の下のウエアに特に注意をしなければならないことなどを学んだ。また、61歳のチーフガイドが、強風下で参加者の介助に全力であたったためか、自らも早い時期に低体温症になり亡くなったこと、最後まで先頭を歩いた38歳のガイドも、川の渡渉の介助中に転倒し濡れたことで低体温症になり、意識不明で倒れた(翌日、ヘリで救助され回復)ことから、比較的体力のあるリーダー・スタッフといえども注意を怠ると低体温症に陥ることがあるのだという点は心に深く留めたい。

「疲労凍死」というと「凍る」という言葉からつい冬をイメージしがちだが、「低体温症」とは、「疲労凍死」と全く同じ症状を、疲労や低温・強風・濡れなどが原因で体温が35度以下に下がった病態としてとらえたもので、夏の高山でも容易に起こる現象であると考えなければならない。その意味で、この本は夏の高山を目指すすべての中高年登山者必読の書かもしれない。

 

上野司

 

1月号 「新しい年の初めに」

明けましておめでとうございます。旧年中は会の活動にいろいろとご参加、ご協力くださいましてありがとうございます。

昨年は、会のスタッフとして若い上野はるかさんを迎え、様々な面で前進のあった一年となりました。若い女性スタッフがいつもいることで、女性参加者の山旅での安心感が増して来ましたし、山旅が一層明るいものになって来たように思います。目標に置いていた若者を会員や参加者として迎え入れようという課題でも、10数名の新会員を迎えるなど、一定の前進をいたしました。予想していたこととはいえ、若者を迎え入れることはそんなに簡単ではないことを痛感しましたが、会の発展のためにここは避けて通れない問題ですので、今年もあきらめることなく少しずつでも前進させていきたいと思っています。

さて、また輝ける新しい一年が始まります。今年の第一の目標は、この会の魅力を広く地域の皆さんに伝え、共に楽しむ仲間を一層広げていくことにおきたいと思います。次代を担う若者たちを会に迎え入れることが大切なのはもちろんのこととして、仕事や子育てが一段落した50代後半から60代の皆さんを仲間に迎え入れる活動もとても大切です。また、健康上の理由や安全上の理由で、登山ツアーの会社から参加に制限のかかり始める70代の皆さんにも、「80歳まで元気に山に登ろう」を合言葉に、広く入会を呼びかけていきます。そして、若者から高齢者まで各人の体力・技術・健康に見合った様々な山旅が企画立案され、山を愛するすべての皆さんが楽しく集える会として、エネルギッシュな活動を展開していけたらと思っています。

第二の目標は、この会に集う様々な会員の皆さんの要望に応えるために、山の企画をより一層充実させることです。この何年か取り組んでいる全国の百名山を巡る旅も、北海道の幌尻岳やトムラウシ、伯耆大山、南アルプス・聖岳、光岳など、またまだ残っている所があります。雲の平・水晶岳などの北アルプスの山々、鳥海山・栗駒山などの東北の山々、甲斐駒・仙丈、塩見岳など南アルプスの山々など、何年か前に企画のあった山にもたくさんの希望が寄せられています。男体山や至仏山、武尊山などの関東周辺の日帰りで行ける百名山も、新しく入会した方たちや以前企画された時には行けなかったという皆さんから「再度企画して」との声が寄せられています。そして、「泊まりはできないし、体力もなくなって来たので、もっとらくらくの日帰り山旅を企画して」との切実な声も伺っています。この1,2月には、会員の皆さんからの声を伺いながら、具体的な山行計画を立てていきますので、楽しみにしていてください。

第三は、ヨガや室内クライミング、スポーツ吹き矢といったスポーツ教室の参加者を増やしていくことです。今年は、昨年から月1回開催していた笠井トレーナーによる「トレーニング教室」を月1回定期化して開催する予定です。「ちょっとやってみたいが、なかなかきっかけがなくって」との声もよく伺います。目にとまるチラシやパンフレットを作り、会員やその知人、また広く地域の皆さんにお知らせするとともに、気軽にちょっと体験できる体験会を開催し、参加される方が少しでも増えていくよう努力していきます。

第四は、クラブハウスを会員交流の基地として、また地域に開かれたコミュニティカフェとして、より多くの皆さんの集う場にしていくことです。昨年は昼の営業で水曜日や木曜日が増えたり、金曜日に「北本トマトカレー」を提供したりで、少しずつ活動の輪が広がってきています。夜の活動では、第3金曜日の「うたごえ」に、毎月楽しみにしているたくさんの常連さんが集まり、いつも賑わっています。虹発送後の月例懇親会も多くの皆さんの参加で交流の輪が広がっています。今年は、皆さんの関心の高い健康、老後、若者の生き方などをテーマとしたミニ講座の開設も随時計画していきたいと考えています。

さあ、希望に満ちた1年の幕開けです。私をはじめスタッフ一同、今年が充実した1年となるよう全力で頑張っていきますので、どうぞお力添えくださいますようよろしくお願い申し上げます。

上野司

12月号「ニッポンの宝・山の温泉万歳」

市民ハイキングやワゴン車の山旅の際、登山後必ず温泉に入る。今は日帰りの温泉施設が各地にあるので、ほとんどの場合車で30分も走れば温泉入浴を楽しむことができる。私もこれまでどれくらいの数の温泉に入って来たことだろう。記録をきちんと取っていないので詳しいことはわからないが、もう200くらいの温泉に入って来たのではないかと思う。最初の頃から、温泉のパンフレット集めでもしていたら、今ごろみんなに誇れる温泉パンフコレクターになっていたかもしれない。

『山と渓谷2007年10月号』は「保存版・山の温泉大全」という特集を組み、その中で「あなたの好きな山の温泉は?」という読者アンケートを取っているが、その1位から10位は以下のようであった。

  1. 白馬鑓温泉
  2. 安達太良・くろがね温泉
  3. 八ケ岳・本沢温泉
  4. 北アルプス・高天原温泉
  5. 那須・三斗小屋温泉
  6. 八ケ岳・赤岳鉱泉
  7. 北アルプス・蓮華温泉
  8. 北アルプス・阿曾原温泉
  9. 北アルプス・みくりが池温泉
  10. 九重・法華院温泉

さて、皆さんはこの中でいくつの温泉に入ったことがあるだろう?私は、残念ながら1位の白馬鑓温泉、6位の赤岳鉱泉、9位のみくりが池温泉には通過したことはあっても入浴したことがないのだが、あとの7つの温泉にはゆったりと入り、温泉入浴を堪能したことがある。冬山や山スキーで凍った身体を温めてくれた「くろがね温泉」「本沢温泉」「蓮華温泉」、紅葉を眺めながら入った「三斗小屋温泉」「阿曾原温泉」「法華院温泉」、そして黒部の沢登りの途中で入った小屋掛けだけの「高天原温泉」、どれも山旅の思い出とともに心に残る温泉だった。登山口・下山口にある温泉にまで話を広げればそれこそ無数の温泉があるが、私はやはり草津温泉や乗鞍岳温泉、日光湯元温泉、栗駒山の須川温泉など白濁した硫黄泉が好きだ。

最近は街なかでも地下深く掘れば温泉が出て、温泉施設誕生となるわけだが、山の天然温泉とは圧倒的に成分が異なる場合が多い。そもそも温泉とは、地中から湧出する温水で、25度以上のもの、または特定物質を一定量含んでいるものを言うので、温度が25度以上であれば無条件に温泉となり、温度が25度以下で成分も含まれていなければ、それは単なる地下水ということになる。街なかの温泉は、1000mも1500mも地面をボーリングして強制的に地下水をくみ上げる場合が多いが、地下では100m深くなるごとに約3度ずつ温度が上がるので地下1000mでは地上より30度も温度が高くなり、地下水は相当に温められるわけで、25度以上あればすべて温泉という定義に当てはめれば成分の多少に関わらずみんな温泉になってしまう。一方、山の温泉には自然湧出の温泉が多く、地下からゆっくりと染み出してくる過程で様々な成分を取り込み、必然的に成分の濃い名湯が生まれるわけで、入浴施設ありきで地下水をくみ上げたにわか作りの街の温泉とはわけが違うのである。

自分の足で登った山で、絶景を見ながら湯につかるという山の温泉は、その感動だけで街の温泉とは違うのだが、成分的に見ても素晴らしいものが多く、登山後心肺機能が活発になり、身体の代謝と循環が高まった状態で入浴するので温泉成分を取り込みやすいという利点もある。

この冬には「くろがね温泉」に泊まる冬の安達太良山の企画もあるが、身体の冷える冬の山登りこそ、山の温泉でほっこりしたい。さあ、私たちは、温泉天国ニッポンに生まれた幸せに感謝しつつ、これからも山登りと温泉入浴のコンビネーションを楽しんでいこう。

上野 司

 

11月号 「御嶽山の火山災害について考える」

9月27日お昼、紅葉を楽しむ御嶽山山頂付近の大勢の登山者の上に火山灰とともに人間の頭ほどもある噴石が降り注いだ。楽しいはずの登山は暗転し、死者56人、行方不明者7人という戦後最悪の火山災害が起きたのだ。ちょうどその時、私たちは奥穂高岳・ジャンダルム手前の岩峰の上に立ち、「あの煙は何だろう、雲じゃないよね。」などと雲海の上から立ち上る噴煙を見ながら話していた。山小屋に着き、テレビを見てびっくり、何人かの山仲間から「御嶽山に登っていないよね」という確認のメールも受け、大変な大災害が起きたのだと、実感した次第だ。紅葉真っ盛りの土曜日の好天、ロープウェイを使えば3時間ほどで登れる御嶽山の山頂に私が居ても不思議はない、というタイミングだった。まわりの人から「山好き」と認知されているだろう会員の皆さんのことだから、「御嶽山に登っていないよね、元気だよね」などの確認メールをもらった方も多かったのではないかと推察している。

本当にタイミングが悪かったと思う。土曜日、好天、紅葉の見頃、正午、この中の一つでも違っていたら、被害はこんなにも大きくならなかったであろう。しかし、タイミングが悪かったことを恨む気持ちとともに、日本の火山観測・監視体制が世界の主要な火山国と比べてもきわめて貧弱だと聞くと、「世界有数の火山国なのに何故」という気持ちも抑えることができない。日本には活火山が110あるとされているが、気象庁が常時監視しているのは47火山。しかもこの間、測候所は相次いで廃止・無人化。御嶽山でも、岐阜県側の高山測候所が2005年に、長野県側の松本測候所が07年に廃止・無人化され、現場で火山活動を専門的に観測する人がいなくなった。各地の大学も観測体制を敷き、気象庁にデータを提供してきたが、04年の国立大学の独立行政法人化で国からの運営費交付金が減らされ、観測体制を縮小している。欧州最大の火山国・イタリアは、欧州最大の国立研究機構のもとで、8つの火山観測所で観測にあたっているが、地球化学などの専門家を各観測所に配置、専門家の数は総勢150人にのぼるとのこと。日本と同程度の火山があるインドネシアは、65火山を観測対象として観測所を設置、各観測所には専門家2,3人を配置しているそうだ。他方、日本は、国立大学の火山研究者は40人程度で、各火山ごとの活動のくせを知る「ホームドクター」のような火山の専門家はほとんどいない。火山噴火は、地震よりまれにしか起きないため、直接的で実証的な研究が進みにくい難しさがあり、実用的な成果を短期間で求める風潮が強まる中で、火山研究者が減っていく一因にもなっているようだ。世界有数の火山国である以上、国が危機感をもって予算の継続的な確保と人材育成に力を入れることが、火山国・日本の将来のために必要だろうと思う。

異変を観測する体制を整えるとともに、警戒レベルをどう設定して、登山者にどう知らせていくか、万が一の事態に備えてシェルターなどを設置するのかどうかなどの課題については、それぞれの火山ごとに、地元自治体、気象庁や火山研究者、登山愛好者らがよく話し合い、合意を作り、一歩ずつ仕事を進めていってほしい。今回の御嶽山の噴火でも、噴火11分前に火山性微動、7分前に地殻変動が記録されていたと言う。大音量の防災スピーカーなどでこの異変を山頂にいる人に伝える仕組みがあり、逃げ込めるシェルターも整備されていれば、恐らく被害を減らすことができただろう。安易な登山規制は、地元経済にマイナスの影響を与え、登山の機会を奪うことにもなり簡単ではないが、今回の噴火が警戒レベル1(平常)という表示の中で起きてしまったという点も含めて警戒情報の出し方は検討が必要だろう。登山者の側にも、活火山に登る際には、警戒情報に注意を払い、念のためヘルメットを着用するなどの準備も必要なのかもしれない。

今回の災害は、戦後最悪の火山災害だったと同時に、犠牲者がすべて登山者だったことから考えて、戦後最悪の山岳遭難事故とも言える。自然を相手にする以上、完璧な準備、完璧な安全対策などあり得ないだろう。しかし、私たち世界有数の火山国・日本に住む山岳関係者としては、災害の教訓として、次のようなことを確認したいと思う。今回の災害に遭われた少なくない皆さんの悲劇を無駄にしないためにも。

 

1.火山についての観測・警戒体制を抜本的に充実させること。とりわけ、各火山の特徴・くせを知る地域密着のホームドクター的な火山研究者を養成すること

 

2.各火山の警戒情報の出し方、スピーカーの設置、シェルターの設置など安全対策については、地元自治体、火山研究者、登山愛好者などを集め、よく協議して、できるものから実施に移していくこと

 

3.登山者や登山団体は、火山に登る際、専門家の観測に基づく勧告を参考にしつつ、自己の責任で登山を行う気持ちを持つこと。また、マスクの携行、ヘルメットの着用など、必要と思われる対策をとること

 

上野 司

 

 

10月号「沢の増水事故を考える」

「沢の増水事故を考える」

                                 

 今年の夏は、川や沢での増水による事故が多かった。太平洋高気圧の張り出しが弱かったことにより雨模様の天気が長く続いたことの影響が大きかったと思うが、増水時に川を渡ることの危険とその対処法が広く認識されていないことも原因の一つだったと思われる。

 8月16日の槍ケ岳飛騨沢ルートの滝谷出合付近で、3人が増水した沢に流された事故では、槍ケ岳から下山中、登山道が沢を渡る箇所で、ロープを利用して渡渉中、ロープの張られた沢を中間で渡渉していた女性が流され、川岸でロープを張っていた男性二人も耐え切れず流されてしまった。ある程度ロープ操作ができる人は、ロープを使用することで安全性が飛躍的に高まると感じるものだが、沢の渡渉では流された人が激しい水圧で流され続けることと、川岸で確保にあたる人も自分自身が不安定なため、全員が流されてしまうこのような事故が起きやすいのだと思う。

 9月5日、北アルプス薬師岳西面の岩井谷に入渓していた京都大学山岳部パーティー3人のうち2人が、引き返そうと増水した沢を渡っていたところを流され、翌日遺体で発見された。この時も2人はロープで身体をつないでおり、ロープ使用が安全の向上に結び付かない現実を示している。1995年に起きた谷川岳・ナルミズ沢での事故も、増水後の沢の渡渉で流された女性を助けようと上流からロープを投げ何とか引き上げようとするも、引き上げることができず、結局力尽きた女性と救助しようとした男性が流され亡くなった事故だった。当時、報道を聞いた私は、なぜ周りの仲間がすぐに気づき、ロープを投げたにもかかわらず水死者が出てしまうのかと不思議に思ったが、今なら、流されている人を水流に逆らって引き上げることは不可能で、ああいう悲劇が起きたこと、あのような場合、水に落ちないよう事前に上流側からロープ確保するか、渡渉者にロープを引いて行かせ、水に落ちたら下流側に引っ張って岸に上げる方法をとるべきだったということがよくわかる。

 岩登りの場合は、これまでの無数の事故例から、何が危険で、どうしたらクライミングを安全に楽しむことができるかという情報がある程度共有されてきているように思うが、沢登り、特に渡渉技術という点では、経験の蓄積が少なく、安全かつ有効な方法論が確立されていない現状がある気がする。

 9月2日から、私の娘2人を含む女3人の大学探検部メンバーが、黒部上ノ廊下の激流遡行に挑戦したが、今回ばかりは私も少しは親としての心配をした。背の高い男性パーティーでも何度も泳がなくては渡れない激流を、背の低く脚力も弱い女性3人パーティーで登りきれるのかと。私は黒部上ノ廊下を遡ったことも下降したこともあったので、通常の水量なら、流されても下流で足がつくこと、ライフジャケットや浮くロープが有効なことなどをアドバイスしたが、今年は雨が多く、水量が心配であった。果たして、娘たちは、3日をかけて、上ノ廊下を遡行し、無事薬師沢小屋に辿り着いた。小屋の情報によると、今年の遡行成功者は、単独の男性につぐ2組目だったそうで、私の知るかぎりでも、女性だけでの遡行成功者は稀なのではないかと思う。娘たちの話によると、ロープを使用しても、後続の人を上流側から引っ張り上げることはできず、トップが上流側から下流側に向かい、ライフジャケットを身につけ、飛び込み泳ぎ切り、後続を下流側からロープで引くというやり方で、何度も何度も渡渉を繰り返しつつ進んだようだ。しかし、京大生の亡くなった9月5日は前日からの大雨で、水量とともに川の色も見る見る青から緑、茶色、黒と変わり、とても泳いで対岸に渡れる状況になく、黒部川の右岸側を高巻きを繰り返しながら何とか小屋まで辿り着いたとのことであった。

 真夏の太陽の下、また紅葉の青空の下、碧い水をかき分けながら進む沢登りは、何とも楽しいが、増水した川の渡渉は恐ろしいの一語につきる。私も、槍ケ岳に登る際に、3人の流された滝谷出合の渡渉点で増水した川が渡れず引き返したことがあるが、増水して水の色が変わっている沢や流されたら命の保証がない沢の渡渉は絶対にしないことを肝に銘じたい。ここさえ渡れば何とかなると思う気持ちはわかるが、試しにやってみるというのも、危険が多いのでやめるべきだろう。そして、沢登りの途中では、上流の天候に絶えず気を配り、万一増水した時に逃げられるルートを考えておくべきだろう。

また、水量が多く、泳いでの渡渉が想定されるような沢登りには、ライフジャケットが有効であることを強調したい。カヌーでは船が転覆することは想定内であるが、ライフジャケットさえ身につけていれば事故にはまずならない、ということが言われている。稜線に出れば、ライフジャケットは無用の長物となるが、命にはかえられない。

川の渡渉では、ロープを使用しての事故も非常に多いことに注意したい。岩登りと違って、確保者が岩にきちんと繋ぎとめられておらず、不安定な河原に立っている場合が多いことから、渡渉者が流されたら押さえきれず自分も流されるケースが多い。河原の木に確保者自身が自分をつなぐなど、万全の対策をとりたい。また、ロープをつけての渡渉でも、渡渉者が流されたら上流側からは引き上げられないことが多いので、流された人を下流側から引き寄せられる位置で確保する必要があるだろう。

大雨の増加とともに、登山中増水した川に直面するという機会は、沢登りでなくとも、今後増えていくものと思われる。沢登りを本格的にやろうとしなくても、百名山の幌尻岳や斜里岳登山は、谷歩きや沢登りがコースの特色となっている。沢の増水事故を、自分とは関係ないものと考えず、これらの教訓を是非これからの登山に活かしていきたい。

上野司

 

9月号 「山の歌の魅力」

「山の歌の魅力」

 

燃えろよ燃えろよ 炎よ燃えろ

火の粉を巻き上げ 天までこがせ

 

いつまでも絶えることなく 友だちでいよう

明日の日を夢みて 希望の道を

 

 皆さん、この歌詞を見て、すぐにメロディーが頭に浮かびますか?

 私には、この歌詞を見ていると、メロディーとともに、あの楽しいのだけれど、何かが終わってしまうさびしさを含んだ学生時代のキャンプファイアーの夜の場面がまざまざと思い出されます。

 最近はだんだんと歌う機会も少なくなりましたが、山では本当にたくさんの歌を歌いました。何もないテントの中で、みんなでやることといったら、お酒を飲みながら、山の歌を歌うことぐらいしかなかったからでしょうか、私はたくさんの山の歌を先輩から教えてもらい、後輩にも伝え、そうして山の歌は歌い継がれてきました。山登りには、大自然の素晴らしさ・厳しさ、登山や人生の喜び・悲しみ、先輩・後輩や登山者と街で待つ彼女をめぐる人間模様など、いろいろなテーマでたくさんの歌が作られ、歌い継がれてきました。こんなに歌が作られ、歌われているスポーツは他にないでしょう。登山とは、それほどに、一つのスポーツというより人生そのものなのでしょう。そんな中から、今日は私の好きな3つの歌を紹介します。

 一つ目は、登山の喜びを正面から朗々と謳い上げた名曲・法政大学山岳部歌「エーデルワイスの歌」です。

 

1. (春)雪は消えねど 春はきざしぬ

風はなごみて 日はあたたかし

氷河のほとりを 滑りてゆけば

岩陰に咲く アルペンブルーメ

紫匂う 都をあとに

山に憧れ 若人の群れ

    (※アルペンブルーメとはアルプスの花のこと)

 

2. (秋)星影さやかに 空澄み渡り

      葉づえの露に 秋立ちそめぬ

      金と銀とに よそおいこらし

      女神のごとき 白樺の森

      くれないもゆる 山から山へ

      行方も知らず さすらいゆかん

 

次は、山岳部の新人のつらさをコミカルに歌った「新人哀歌」です。

 

1.        いいぞいいぞとおだてられ

死に物狂いで来てみれば

朝から晩まで飯たきで

景色なんぞは夢のうち

 

2.    蝶よ花よと育てられ

何の苦労も知らないで

ボッカ稼業に身をやつし

泣き泣き登る雪の山

 

最後に、遭難で友を失った悲しさを歌った名曲「雪山に消えたあいつ」です。

 

1.              山が命と 笑ったあいつ

山を一番 愛したあいつ

雪の穂高よ こたえておくれ

俺にひとこと 教えておくれ

なんで吹雪に あいつは消えた

 

2.              重いザイルを かついだあいつ

銀のピッケル 振ってたあいつ

山をこの俺 うらみはせぬが

あんないい奴 どこにもいない

なんで吹雪に あいつは消えた

 

 皆さんにも、これらの歌をメロディーとともに聞いていただきたいのですが、それができないのが残念です。本当に、最近は山で歌を歌う機会が少なくなりました。山小屋では、他のグループもいて、大きな声で歌うのがはばかられることもあるでしょうし、ツアーなどでは、知らない方も多い山の歌を歌うのがはばかられるということもあるでしょう。山岳部や山岳会でのテント生活を通して、歌い継がれてきた文化が、途切れようとしているのかもしれません。私も是非歌い継いでいきたいと、市民ハイキングで毎回1曲ずつ覚えてもらおうと頑張ったこともあったのですが、あまり評判が良くなく、あきらめました。でも、テントや早く到着した山小屋前のテーブルで、そんな時間を共有できたらうれしいですね(私は泊まりの山行では、大体「山の歌集」を持っていますので)。どうぞよろしくお願いいたします。

 上野司