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2月号「トムラウシ山遭難を改めて考える」

2月号「トムラウシ山遭難を改めて考える」

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「トムラウシ山遭難を改めて考える」

 たまに東京に出る機会があると、行きつけの登山用品店に行き、ついでに山の本を買って帰る。先日何冊か買ってきた本の中に「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」という本があり、一気に読んだ。

遭難事故が起きたのは2009年7月だからもう5年以上前のことになるわけだが、8人もの方が亡くなった大量遭難事故であったことで社会的に広く取り上げられたことで、覚えている方も多いことだろう。概要を言えば、大雪山からトムラウシ山への縦走登山で、悪天候のためガイド3人を含む18人パーティーの内、参加者7人、ガイド1人の計8人が低体温症で亡くなるという悲惨な遭難事故であった。縦走3日目、風雨の中、前夜泊まった避難小屋を出発したものの、強風に向かって歩く疲労と沼から溢れ出した川の渡渉や動けなくなった参加者の介抱のため風雨の中での待機時間が長くなるなどした結果、参加者全員が低体温症になり、次々と倒れていった事故であった。ガイド3人は今回のツアーで初めて顔を合わせ、コミュニケーションも十分でない中、低体温症で動けなくなった参加者への対応でバラバラになり(ビバーク中に4名死亡)、最後は自らも低体温症にかかり、判断力・行動力の落ちてしまったガイドを先頭に、何とか歩ける10名の参加者が自力下山を目指したものの、4名が帰らぬ人となったのだった。

私は、かつてこの事故をこの欄で取り上げた際、体調不良者が出た際にパーティーをすぐに分けることの必要性、いつでもビバーク(不時露営)ができるようツエルト(簡易テント)を携行することの重要性、ビバーク判断の遅れが最悪の事態につながることを自覚すべきであること、リーダーに課せられた悪天時の出発判断の重さ、寄せ集めの参加者やスタッフの危なさと団結力あるパーティーを作り上げることの重要性、などについて書いた。今回読ませていただいたこの本では、遭難対策・気象・低体温症・運動生理学の各専門家がこの遭難事故に対して分析を加えているが、新しくわかった情報や知見など学ぶことがたくさんあった。そこで、これからの私たちの登山にとって大切だと思う点について改めて記しておきたい。

登山中の低体温症が、低温、強風、濡れを直接の原因として起こることは容易に想像できるが、金田正樹医師は、人によって同じ条件下でも起きる人と起きない人がいることについて、疲労度や摂取エネルギーの違いから検討しているが、それがとても興味深かった。最初に低体温症になり、その後亡くなったAさんについて、小柄な女性で、耐風姿勢が続く歩行でかなりのエネルギーを消耗したこと、朝食での摂取カロリーが少なく、すぐにカロリー不足に陥ったこと、脳への酸素不足などで脳での体温調整が早期に機能不全に陥ったことで、一気に低体温症が進行したと金田医師は言う。同じ条件下でも低体温にならないためには、基礎体力を強化することとともに、絶えず「エネルギー摂取」を心がけることが大切だろう。中高年登山者は荷物を軽量化するために持って行く食料が少ない場合が多い。このツアーでは、「お湯を提供しますから食料は自分で用意してください」ということになっていたそうだが、カップラーメンだけだった人も多く、エネルギー摂取量はかなり少なかったと思われる。「悪天候の行動には多くのエネルギーを消費するために、晴天時よりもご飯、パンなどの炭水化物をとる必要がある。しかし、軽量化を重視したインスタント食品はそのカロリーが少なく、強風に耐えるだけの運動エネルギーと低体温に対する熱エネルギーになるだけのものがなかった。防寒・防風対策の装備以前に、この問題が低体温症の第一の原因になったと考えるべきである」と金田医師は言う。あまりにも多すぎる食料を持ち、逆にバテてしまうのは論外として、やはり悪天下で自分の体温を維持できるくらいのカロリーのある食料を山に持って行くことが必要だし、持って行けるだけの基礎体力をつけることが厳しい山登りをやるには必要だろう。それに、厳しい山ほど、登山途中にアメやチョコ、クッキーなどの食べ物を口に入れることの大切さも確認しておきたい。生存者のコメントの中に「アメ玉を一個食べただけでこんなに違うのかと驚いた」とか「悪天時なので、身体を動かすために食べなければならない、と判断して食べた」とか「(亡くなったある人に)食べたほうがいいと勧めたが、食べなかった」というものがあったが、悪天時こそ、食べることによるエネルギー補給が必要なのだろう。

もう一つ、当時の報道の中には、参加者の装備が軽装であったという批判があったが、生存者・死亡者とも、雨具などの装備はしっかりしており、雨具の質や使い方に大きな間違いはなかったという報告があった。ただ、雨具は雨に濡れないための用具であって防寒具ではない、という指摘は大事な点だと思った。私も比較的厚地のゴアテックスの雨具を防寒具としても使っているが、強風下では、雨具が圧迫されて雨具と肌の間が密着して寒さがじかに肌に伝わり、体温低下の原因になるという点は特に薄手の雨具を使っている方は心に留めておいた方が良いだろう。防寒対策としては、雨具と肌の間にダウンやフリースのように空気を多く含んだウエアを着ることが必要で、実際この遭難事故でも、途中で寒くても雨具の下にザックに入っていたダウンやレスキューシートを着込んだ方が生き残ったそうである。

さて、この遭難事故からの教訓を私の立場から一言でまとめれば、前回のこの欄でも書いたことだが、大人数が参加するツアー登山では、体力の差がかなりあるのが当然であり、無理はできない、ということである。とりわけ、風雨が強い悪天候の中での長時間の登山は、体力のない人から順に低体温症による歩行困難を引き起こす恐れがあり、厳に慎まなければならない。その上で、今回、参加者の食事によるエネルギー摂取について注意を払わなければならないこと、強風下での体力消耗が体格の小さい方に顕著に現われること、強風下では、雨具の下のウエアに特に注意をしなければならないことなどを学んだ。また、61歳のチーフガイドが、強風下で参加者の介助に全力であたったためか、自らも早い時期に低体温症になり亡くなったこと、最後まで先頭を歩いた38歳のガイドも、川の渡渉の介助中に転倒し濡れたことで低体温症になり、意識不明で倒れた(翌日、ヘリで救助され回復)ことから、比較的体力のあるリーダー・スタッフといえども注意を怠ると低体温症に陥ることがあるのだという点は心に深く留めたい。

「疲労凍死」というと「凍る」という言葉からつい冬をイメージしがちだが、「低体温症」とは、「疲労凍死」と全く同じ症状を、疲労や低温・強風・濡れなどが原因で体温が35度以下に下がった病態としてとらえたもので、夏の高山でも容易に起こる現象であると考えなければならない。その意味で、この本は夏の高山を目指すすべての中高年登山者必読の書かもしれない。

 

上野司

 

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