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10月号「沢の増水事故を考える」

10月号「沢の増水事故を考える」

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「沢の増水事故を考える」

                                 

 今年の夏は、川や沢での増水による事故が多かった。太平洋高気圧の張り出しが弱かったことにより雨模様の天気が長く続いたことの影響が大きかったと思うが、増水時に川を渡ることの危険とその対処法が広く認識されていないことも原因の一つだったと思われる。

 8月16日の槍ケ岳飛騨沢ルートの滝谷出合付近で、3人が増水した沢に流された事故では、槍ケ岳から下山中、登山道が沢を渡る箇所で、ロープを利用して渡渉中、ロープの張られた沢を中間で渡渉していた女性が流され、川岸でロープを張っていた男性二人も耐え切れず流されてしまった。ある程度ロープ操作ができる人は、ロープを使用することで安全性が飛躍的に高まると感じるものだが、沢の渡渉では流された人が激しい水圧で流され続けることと、川岸で確保にあたる人も自分自身が不安定なため、全員が流されてしまうこのような事故が起きやすいのだと思う。

 9月5日、北アルプス薬師岳西面の岩井谷に入渓していた京都大学山岳部パーティー3人のうち2人が、引き返そうと増水した沢を渡っていたところを流され、翌日遺体で発見された。この時も2人はロープで身体をつないでおり、ロープ使用が安全の向上に結び付かない現実を示している。1995年に起きた谷川岳・ナルミズ沢での事故も、増水後の沢の渡渉で流された女性を助けようと上流からロープを投げ何とか引き上げようとするも、引き上げることができず、結局力尽きた女性と救助しようとした男性が流され亡くなった事故だった。当時、報道を聞いた私は、なぜ周りの仲間がすぐに気づき、ロープを投げたにもかかわらず水死者が出てしまうのかと不思議に思ったが、今なら、流されている人を水流に逆らって引き上げることは不可能で、ああいう悲劇が起きたこと、あのような場合、水に落ちないよう事前に上流側からロープ確保するか、渡渉者にロープを引いて行かせ、水に落ちたら下流側に引っ張って岸に上げる方法をとるべきだったということがよくわかる。

 岩登りの場合は、これまでの無数の事故例から、何が危険で、どうしたらクライミングを安全に楽しむことができるかという情報がある程度共有されてきているように思うが、沢登り、特に渡渉技術という点では、経験の蓄積が少なく、安全かつ有効な方法論が確立されていない現状がある気がする。

 9月2日から、私の娘2人を含む女3人の大学探検部メンバーが、黒部上ノ廊下の激流遡行に挑戦したが、今回ばかりは私も少しは親としての心配をした。背の高い男性パーティーでも何度も泳がなくては渡れない激流を、背の低く脚力も弱い女性3人パーティーで登りきれるのかと。私は黒部上ノ廊下を遡ったことも下降したこともあったので、通常の水量なら、流されても下流で足がつくこと、ライフジャケットや浮くロープが有効なことなどをアドバイスしたが、今年は雨が多く、水量が心配であった。果たして、娘たちは、3日をかけて、上ノ廊下を遡行し、無事薬師沢小屋に辿り着いた。小屋の情報によると、今年の遡行成功者は、単独の男性につぐ2組目だったそうで、私の知るかぎりでも、女性だけでの遡行成功者は稀なのではないかと思う。娘たちの話によると、ロープを使用しても、後続の人を上流側から引っ張り上げることはできず、トップが上流側から下流側に向かい、ライフジャケットを身につけ、飛び込み泳ぎ切り、後続を下流側からロープで引くというやり方で、何度も何度も渡渉を繰り返しつつ進んだようだ。しかし、京大生の亡くなった9月5日は前日からの大雨で、水量とともに川の色も見る見る青から緑、茶色、黒と変わり、とても泳いで対岸に渡れる状況になく、黒部川の右岸側を高巻きを繰り返しながら何とか小屋まで辿り着いたとのことであった。

 真夏の太陽の下、また紅葉の青空の下、碧い水をかき分けながら進む沢登りは、何とも楽しいが、増水した川の渡渉は恐ろしいの一語につきる。私も、槍ケ岳に登る際に、3人の流された滝谷出合の渡渉点で増水した川が渡れず引き返したことがあるが、増水して水の色が変わっている沢や流されたら命の保証がない沢の渡渉は絶対にしないことを肝に銘じたい。ここさえ渡れば何とかなると思う気持ちはわかるが、試しにやってみるというのも、危険が多いのでやめるべきだろう。そして、沢登りの途中では、上流の天候に絶えず気を配り、万一増水した時に逃げられるルートを考えておくべきだろう。

また、水量が多く、泳いでの渡渉が想定されるような沢登りには、ライフジャケットが有効であることを強調したい。カヌーでは船が転覆することは想定内であるが、ライフジャケットさえ身につけていれば事故にはまずならない、ということが言われている。稜線に出れば、ライフジャケットは無用の長物となるが、命にはかえられない。

川の渡渉では、ロープを使用しての事故も非常に多いことに注意したい。岩登りと違って、確保者が岩にきちんと繋ぎとめられておらず、不安定な河原に立っている場合が多いことから、渡渉者が流されたら押さえきれず自分も流されるケースが多い。河原の木に確保者自身が自分をつなぐなど、万全の対策をとりたい。また、ロープをつけての渡渉でも、渡渉者が流されたら上流側からは引き上げられないことが多いので、流された人を下流側から引き寄せられる位置で確保する必要があるだろう。

大雨の増加とともに、登山中増水した川に直面するという機会は、沢登りでなくとも、今後増えていくものと思われる。沢登りを本格的にやろうとしなくても、百名山の幌尻岳や斜里岳登山は、谷歩きや沢登りがコースの特色となっている。沢の増水事故を、自分とは関係ないものと考えず、これらの教訓を是非これからの登山に活かしていきたい。

上野司

 

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