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5月号 「植村直己とパイオニア精神」

5月号 「植村直己とパイオニア精神」

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「植村直己とパイオニア精神」

                                  上野 司

日本を代表する世界的な登山家・冒険家、植村直己がマッキンリーで消息を絶ってから30年の今年、あらためてその偉大な足跡をたどるイベントが各地で催されている。

 広く知られているように、植村は1941年兵庫県生まれ、明治大学山岳部で登山を本格的に始め、卒業後アルバイトで貯めたお金で単身横浜港を出港。アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、南米と世界中の山を登る。山の力を見込まれ日本山岳会エベレスト遠征隊の隊員に選ばれ、エベレストに登頂。直後にアラスカのマッキンリーに単独初登頂。これにより世界初の五大陸最高峰の登頂を達成。その後、冒険の対象を極地に広げ、極地生活のノウハウを学ぶためにエスキモーとの約1年の共同生活を経て、1974年から2年をかけて北極圏1万2千キロの犬ぞり行を成功させる。その後も、北極点への犬ぞり行を成功させ、南極大陸3000キロの犬そり行も計画するが、フォークランド紛争の勃発で、計画断念。翌年、アラスカ・マッキンリーの冬期単独登頂を志し、登頂に成功するものの、その下山時に消息を絶つ。これが、43年間の短くも激しい冒険家・植村直己の人生であった。

 1970年、高校山岳部に入部し、山を始めたばかりの私にとって、その5月にエベレストに登った植村は憧れの人ではあったが、華麗に岩を登るクライマーという感じではなく、雪の猛ラッセルを楽々ととこなす体力抜群の登山家のイメージであった。当時、おそらく植村よりも岩登り技術、氷雪技術に優れたカッコイイ登山家はたくさん居たのだと思う。しかし、人のやらないこと、やれそうもないことに果敢にチャレンジするパイオニアワークという点で、彼の右に出る人はほとんどいなかったのではないか。彼も他の登山家たちと同じように日本人初のエベレスト登頂に憧れ、その成功後は厳冬期のエベレスト登頂をも試みるが、次第に「誰もやったことのない事をやりたい」という思いは、垂直方向から水平方向に広がっていく。彼の中のあふれ出るパイオニア精神は、エベレストを登ってしまった後では、それより標高の低い山をいくら厳しいルートから登ったとしても、満足できないものになっていたのではなかったか。

 かつて、本多勝一は、登山家マロリーが山に登る理由を問われ「山がそこにあるから」と答えたという逸話について、それは全くの誤解で、マロリーのあの答はあくまで未踏峰のエベレストを登る理由なのであって、エベレストがヒラリーらによって初登頂されたその日をもって化石となったのだと述べている。すなわち、人が誰も登っていないエベレストという山がそこにある以上私は登りたい、というのがマロリーの気持ちなのであって、「なぜ山に登るか」の一般論を答えたのではない、と本多は言うのだ。そして、本多流のシニカルな表現でその文章を締めくくっている。「もしマロリーが今の日本にいれば、彼はただちに登山などやめて、より創造的な世界に転進するかもしれない。そのとき『なぜ山をやめたのか』ときかれれば、彼もまた答えるであろう。『みんなが登るから』」と。年代的に、植村もこのような本多のパイオニアワーク論を当然読んでいたと考えられるし、本多の考え方はパイオニアワークを志す植村にも何らかの影響を与えていたのかもしれない。

 本多も言っているように、パイオニアワークとは登山や地理的冒険の世界だけで発揮されるものではない。他の人にないオリジナリティを持って会社を変え、社会を変え、家庭を変えていくことも立派なパイオニアワークだろう。そして、このような意味でのパイオニアワークならば、自分も大いにパイオニア精神を発揮して来た、という方も多いのではないだろうか。ただ、登山の話に戻せば、私たちの多くは、いま初登頂をねらったり、人のやっていない登山をやろうという気持ちで山に取り組んでいるというわけではない。その意味で、私たちの山は人類としてのパイオニアワークではないだろう。しかし、人類としてのパイオニアワークではなくても、個人としてのパイオニアワークはある。初めて3000m峰に登った、標高差1000mを登れた、初めて山小屋泊まりで1泊の山に行けた、初めて岩登りをした、初めてテントに泊まったなど、それぞれの個人によってそれぞれのパイオニアワークがあるだろう。行ったことのない場所に胸ときめかせ、やっとことのない行為に不安な気持ちを抱きながら、私たちはこれからも山に出かけるだろう。そんなとき、植村直己のパイオニア精神をちょっぴり思い出していただきたい。不安に押しつぶされそうになりながらも、未知の体験に胸ときめかせ高峰や極地に向かっていく植村の心情を。植村ほどのパイオニア精神を有している人はそうは居ないだろうが、私たちも植村に学びながら、これからもパイオニア精神を発揮しながら山登りを続けていきたい。

 

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