〒364-0035 北本市西高尾3167ヒライビル101 TEL/FAX 048-592-2814

4月号 「下山の思想」

4月号 「下山の思想」

このエントリーをはてなブックマークに追加

「下山の思想」

五木寛之氏の「下山の思想」という本を読んだ。本のタイトル名と帯コピー「未曾有の時代にどう生きていくか、究極のヒント」という言葉に魅かれたからだ。

 五木氏は、東日本大震災と福島の原発事故、日本経済の出口の見えない状況、毎年3万人を超える自殺者の数などを念頭に、今の日本を未曾有の危機の時代ととらえる。どんな危機の時代であっても、人は起ち上がらざるを得ない。しかし、「私たちの再生の目標はどこにあるのか、何をイメージして復興するのか」、と五木氏は自らに問い、こう答える。「それは山頂ではない、という気がする。私たちはふたたび世界の経済大国という頂上をめざすのではなく、実り多い成熟した下山をこそ思い描くべきではないのか」と。明治以来、近代化と成長を続けて来た日本を山に登る登山の過程にたとえ、いまこの国は下山の時代に入った、入った以上この急激な下山をどうおだやかに、実り多くなしとげるかが大事だと五木氏は説くのである。

 そもそも五木氏は「下る」ことには「登る」ことと同等の、いやそれ以上の価値があると考えている。「登山して下山する。それが山に登るということの総体である。厳密にいえば、登・下山、というべきかもしれない。しかし、この下山ということについては、あまり人は意識しないように思われる。実際には登山という行為の、後半部分というか、しめにあたる重要な場面であるにもかかわらずである。・・・しかし、私はこの下山こそが本当は登山のもっとも大事な局面であると思われてならないのだ。」

 そして、この下山に価値があるという考えは、人生にも言えると五木氏は言う。古代インドでは、人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」という4つの時期に分けて考えたというが、登山は前の2つの時期、下山は後ろの2つの時期に相当し、下山は登山のオマケではなく、山に登ることのクライマックスだというのだ。下山は、安全、確実が大切だが、それで十分ではない。いかに実り多いものにするかがもっと大切だし、そもそも下山は楽しいものなのだと彼は考える。「登るときは必死で、下界をふり返る余裕もなかったかもしれない。だが、下りでは遠くの海を眺めることもあるだろう。平野や町の遠景を楽しむこともできるだろう。足もとに高山植物をみつけて、こんな山肌にも花は咲くのかと驚くこともあるだろう。自分の来し方、行く末を、あれこれ想ったりもするだろう。」

 今の日本は「下山の時代」に入っていると認識すべきだと私も思う。人間の社会は個人の一生とは違い、下山して終わりというわけにはいかないので、どういう国をこれから作っていくかという目標と計画が大切だと思うが、「経済大国だが国民は不幸せ」というような国を目標にしてはいけない。養老孟司さんが言っていたそうだが、私たちの国の人口は世界の六十分の一程度なので、何でも六十分の一くらいでいいではないかと。収入も支出も六十分の一、それくらいでやっていけばいいではないかと。この国が世界第二位の経済大国だったことはすごいことだが、すごいことは相当の無理をしなければできないことだし、ずっとすごいことを続けることはできないのだから。目標は、持続可能で地球にも人間にも優しい日本を作り上げることだろう。そのために、再び一目散に何かの頂上を目指そうというのではなく、これまでの歪みを正しながら、下山の時の海まで見えるような広い視野の中で、国の来し方・行く末をじっくり考えるべき時期なのだろう。そういう意味で今は「下山の時代」なのだと思う。そして、ゆっくり脚に過度の負担をかけずに下り立ったら、そこから新たな山に向かってゆっくりと登っていけばいい。

 個人の人生に目を転じると、下りは登りのオマケではなく、クライマックスだという「下山の思想」は、私たち中高年を励ますものだと思う。大先輩たちからは「何をまだまだ」と言われそうだが、最近私も自分の人生が後半戦に入っていることを自覚する機会が多くなってきた。個人の人生については、下山した後に別の山に登ることはないので、一回だけの下山だが、楽しく実りある下山をしたいと思う。

 私は、90歳まで生きるとして、人生を30年ずつ、3つの時期に区切って考えたいと思っている。30歳までは自分を作る時期、60歳まではその力を使って社会や家族のために活動する時期、そして最後の30年は自分のために楽しく下山する時期である。下山こそ楽しいという山スキーが好きな私は、安全、確実に下ることだけを考えてはいない。いかに楽しく下れるかということでルートを考える。下山途中に面白そうな岩場のピークがあったら、ロープを出して登ったりもするだろう。こういう時に若いころから培ってきた力がものを言う。しかし、どんなに頑張っても体力や筋力は徐々に落ちていくのだろう。それでも登りたい目標を持ち、少しの努力を続ければ、年をとっても楽しいことはいっぱいありそうだ。ひた走ってきた人生を時々ふり返りながら、遠くの水平線を見つめ、余裕をもって、友人たちとおしゃべりしながら楽しく下山を続けていきたい。最後に、五木氏の次の言葉で締めたいと思う。五木さん、励ましの言葉をありがとう。

「私は必ずしも暗い気持ちで下山の時代を見ているわけではない。むしろ必死で登山をしている時よりも、はるかに軽い心で下山について語っているつもりだ。のびやかに、明るく下山していくというのが、いまの私の、いつわらざる心境である。」

 上野司

« »

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です