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12月号 「秘密保護法案と私たちの生活」

12月号 「秘密保護法案と私たちの生活」

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秘密保護法案と私たちの生活

                                   上野 司

 秘密保護法案の衆院での審議が大詰めを迎えています。会報が皆さんのお手元に届く頃には、衆院を通過し、法案が参院に送られているかもしれません。私は、アベノミクス、アベノミクスと世の中の関心が景気の上がり下がりに一喜一憂しているうちに、日本の民主主義が根幹から崩されるのではないかという恐怖にも似た気持ちを持っています。

 新聞等で毎日報道されていますので、多くの方は、この法案のおおよその中味についてご存じのことと思いますが、秘密保護法とは、国の安全保障に関して特に重要な情報を行政機関の長が「特定秘密」に指定し、それを扱う人を調査し、秘密を外部に知らせたり、外部から知ろうとしたりする人を処罰することによって、「特定秘密」を守ろうとするものです。

 鳥越俊太郎、田原総一郎、大谷昭宏さんら多くのマスコミ人が絶対反対の声をあげているように、この法案が通れば、外交、軍事、テロ対策などの理由をつければ何でも秘密にでき、それを明らかにしようという取材がすべて犯罪行為となってしまう可能性があります。「何が秘密かも秘密」という中で、取材にブレーキがかかり、その結果、国民の知る権利が侵されるということになるのは間違いありません。

 ですから、事は公務員やマスコミ関係者に限られた話ではありません。普天間基地、TPP、原発の安全性や放射能被曝の実態など国民の関心の高い情報が、みんな政府の判断で「特定秘密」にされ、国民の目の届かないところで決められ、進められてしまうかもしれないのです。日本には、政府の政策とは離れて、基地問題やTPPなどの貿易協定について独自に調査し、政策提言をしているたくさんのNPOやNGOがありますが、政府が「秘密」と決めたことを知ろうとすること自体が法律違反となるのですから、そのようなNPOやNGOはすべて犯罪集団とされてしまうかもしれません。

 犯罪人とされるかもしれないのは、NPOやNGOなどの団体だけではありません。政府は国会答弁で広く国民が処罰されることを認めています。秘密を知ろうと話し合ったり(共謀)、他人に勧めたり(教唆)、大勢の人に呼びかけたり(扇動)するだけで処罰される可能性があります。「何が秘密かも秘密」ですから、原発事故が心配で原発のことを調べたり、米軍基地被害のことを住民同士で話し合ったりしただけで、ある日突然警察から同行を求められたり、逮捕されたりするかもしれません。

 それでもまさか政治的な話題に関しての話で、登山の世界とは関係ないだろう、と思う皆さんもいらっしゃるでしょう。でも、登山の世界にも全く関係がないわけではありません。戦前、戦中にはこの「秘密保護法」に似た「軍機保護法」という法律があり、建造中の戦艦の情報が軍機だからと、広島県の呉軍港を囲む山を特高や憲兵が見回りをして、市民を取り締まっていたそうですし、「敵国の作戦に利用される」と天気予報をやめたり、地図の販売を許可制にしていたそうです。山岳会の山行記から眺望や天気の記述が削除されたというウソみたいな話もありました。

 政府は、国民の反発が広がるのを恐れて「この法案は普通の市民生活には何も影響しない」と言いますが、ジャーナリストの江川紹子さんが言うように、実質的に秘密指定するのは公安警察のトップで、盗聴ですら「特定秘密」として保護され、闇に葬られていく可能性があります。秘密を守ることを目的にしての調査対象も無制限に拡大し、ネット通信にも広く網がかけられ、一般の人のちょっとしたおしゃべりも秘密保護の名の下にチェックされるかもしれません。現在、様々な思惑から法案の修正協議なるものが活発に行われていますが、政府が都合の悪い情報を勝手に秘密指定し、国民の目の届かないところで政治を進めようという法案の根幹部分には何ら変更がありません。

 私は、「民主主義とは、国民が主人公であり、国家が進む道は国民自身が決める」という考え方だと思います。そして、国民が正しい道を選ぶには、国民が世の中の情報を知ることが大前提となります。戦争には秘密が付き物なのでしょうが、安全保障に関わる情報も、国民の命運を左右する性質を持つ以上、国民に隠して良いわけがありません。戦争中、国民が正しい情報から遠ざけられ、間違った道を歩まされてしまった痛苦の経験を持つ私たちは、時の政府に情報をコントロールされる恐ろしさをよく知っています。時の政府に、秘密を指定し、情報をコントロールできる権限を一度与えたら、どんな未来が待っているか、それは容易に想像がつきます。

 「ねじれ解消」の言葉に踊らされたのか、今の国会は衆院も参院も自・公の与党が絶対多数ですし、小手先の修正で済まそうという野党も多い中、国会の状況は全く予断を許しません。でも、この問題では、政府与党の進もうとしている道と国民の圧倒的世論との大きなねじれは全く解消されていません。この国民の声が国会に届くのか、いや届かせなければならない、と私は思います。私は人間の自由を大切にしたいといつも思っています。好きな季節に、好きな登り方で、好きな山に登る、そんなことができるから私は登山が好きなのかもしれません。そんな人間の自由な活動を抑えていくような法案に私は反対します。「戦争の始まりはいつも秘密から」「民主主義の国に秘密の法はいらない」私はそう思います。

 

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