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4月号「東日本大震災と原発事故から2年の日を迎えて」

4月号「東日本大震災と原発事故から2年の日を迎えて」

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 東日本大震災と原発事故から2年が経過しました。この2年の間に道路や港湾の補修は一定程度進みましたが、被災者の生活の基盤となる住宅再建の遅れは深刻で、多くの被災者には何年たったら落ち着いた住まいで暮らせるのか、未だその見通しもたっていません。とりわけ、原発事故をかかえる福島県では、未だ15万人を超える人々が避難生活を余儀なくされ、家族がバラバラになる別居生活や放射能への恐怖から外遊びができないストレスの中で、子どもたちの心の病気や深刻な学習の遅れも指摘されています。東京電力福島第1原発では、溶け落ちた核燃料を冷やすための注水が続いており、建屋には放射能に汚染された水が毎日400トンも流れこみ、溢れださないよう汚染水をタンクに詰める作業が行われています。すでにタンクに詰めた汚染水が27万トン、タンクを目いっぱい増設すれば70万トンまではどうにかなるそうですが、それでもあと2年で汚染水の置き場がなくなってしまうとのことです。このように、まだまだ福島原発事故は「収束宣言」とはほど遠い、事故の真っ只中という状況にあります。もともと原発を稼働すれば必ず出る使用済み核燃料の処分方法も決まっておらず、未来にこれ以上「核のごみ」というツケを回さないためにも、速やかに「原発依存」をやめるべきでしょう。しかし、安倍政権は、民主党政権が掲げた「2030年代に原発ゼロ」という目標すら見直して、原子力・エネルギー政策を3.11以前に戻そうとしているかのようです。

 そして、私たち登山者にとって深刻な問題は、原発周辺を中心に放射線量が高いままの山が多く、「福島の山では川釣りやキノコ狩り、山菜採りはできない」という山好きには耐えがたい状況が続いていることです。もちろん、福島県内の山すべてが危険だというわけではありません。福島県を中心に山や登山道での放射線量の調査を続けている山岳団体からの報告(文末に福島県の山の放射線量調査の結果を掲載してあります)によると、飯館村などの町全体が汚染されている地域にある山の放射線量はかなり高いですが、安達太良山や吾妻連峰などの山々や那須や尾瀬の山々などの放射線量はそれ程高くなく、入山を控える必要はないとのことです。しかし、登山道から外れた藪の中では放射線量が極端に高くなる場合が多く、藪に入るのは避けた方がよいそうです。また、川魚やキノコ、山菜など山の恵みを食するのは当面やめた方がいいようです。一回事故が起きただけで、人が住めなくなり、山に入れなくなり、食べ物が食べられなくなるような原発というのは、やはり人間社会と共存できない、というの が私の率直な思いです。

 東北の山というと、まず私は、清流で岩魚を釣りながら遡り、藪を漕いでたおやかな峰に突き上げる沢登りを思い浮かべるのですが、それが場所によってはできないこと、あえて実行する場合でも不安をかかえながらでしかできないことは本当につらいことです。私は、「福島の山を返せ、東北の山を返せ」と言いたい。「除染、除染」と言っても、山まで除染できるはずもありませんから、山は放射能が自然に減るまで待たなくてはなりません。

 3月10日、原発事故から2年となる日の前日の日曜日、日本各地で「原発なくそう」という集会が行われましたが、「フクシマを二度と起こすな」をスローガンにフランスで2万人、ドイツで3万人、台北で10万人の人たちが集会やデモを行うなど、「原発ノン」の声が世界中で響き渡りました。「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマを経験した日本で原発をなくせなければ、世界から原発をなくせない」というのが世界の声なのだそうです。事故から2年が過ぎ、「新安全基準なら安心」「やっぱり原発がないと電気が心配」「まだ、反原発なんて言っているの」といった声をちらほら聞くことがあります。「喉もと過ぎれば・・・」というように重たい経験も時が経てば忘れてしまうのは人の常でしょう。しかし、あれだけの悲惨な経験をし、それが未だ全く解決していない状況の中、「再稼働云々」が議論されている状況は「おいおい」と言いたくなります。私たち一人ひとりの持つ力は小さいですが、小さな声もたくさん集まれば大きな力になることを信じ、私はこれからも「フクシマを忘れない」「原発ゼロの日本を」「未来に核のゴミを残さない」という気持ちで進もうと思います。事故2周年を迎えて、どうぞ皆さんも、フクシマと日本の未来について考えてみてください。

上野司

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